企業内通訳のコツ

語学が好き、または帰国子女で英語がバイリンガルレベルなので、通訳になりたい!と思う人も多いのではないでしょうか。しかし通訳の仕事は、ただ単に語学が出来れば良いというものではありません。

日本語と英語、またはその他の言語がぺらぺらでも通訳が苦手な人もいますし、英語やその他の言語がネイティブレベルではないけれど、通訳がやたら上手くてよく分かる、という人もいます。

そのため通訳をするにはそれなりのスキルが必要なのですが、そのあたりの説明は通訳養成所などにお任せするとして、ここでは割愛します。

通訳にも様々な種類がありますが、フリーランスや、通訳派遣会社に登録し、様々な分野の仕事の依頼を受けて通訳する場合と、企業で正社員として勤め、その会社で企業内通訳として働くものがあります。

ここでは私も経験した企業内通訳について、お話しします。
 
日本国内の外資系企業で外国人スタッフが沢山いるようなところでも、専属の社内通訳職があるかもしれませんが、企業内通訳が必要とされるのは、大抵は日本企業の海外拠点ではないでしょうか。

日本人派遣員の数が多いほどそうした通訳専門のスタッフを現地で採用することが多いようですし、通訳専門スタッフを日本から派遣することもあります。

通訳の内容も様々あり、主に沢山の派遣員とそのご家族の生活基盤の整備やサポートのための通訳から、業務のために日本人派遣員と現地社員とのコミュニケーションをサポートするもの、社内会議や取引先との面談での通訳などがあります。
 
もちろん後者の方が難しいといえば難しいのですが、いくら語学に自信があっても通訳の経験がない場合は、最初から後者を狙うのではなく、まず前者の一見簡単と思われるところから始めてみたほうが良いかもしれません。

「通訳」というのは、ただ単に言葉を「翻訳」するのではなく、その場の状況も考慮しながら本質を分かりやすいように伝えることが大切で、ある程度意訳するスキルや勘のようなものも必要だからです。
 
フリーランスや、通訳派遣会社経由通訳をする場合は、様々な分野の仕事が入ってきますが、企業内通訳の場合は当然ながら、その企業の業務関連のみとなります。

私がスペインで最初に勤めた日本企業の役職は企業内通訳・翻訳でしたが、その企業は私が経験したことがないIT・通信関係の企業でした。

ある金融関係のソフトを開発するプロジェクトチーム専属です。30人近くの現地のプログラマーと、日本から派遣された技術者一人、同じく日本から派遣されたプロジェクトマネジメント職の技術者一人からなるチームでした。プログラマーというのは通常は黙って仕事をするものですから、一日中通訳をしていたわけではありません。

そのプロジェクトで重要だったのは、納期までにソフトを問題なく完成させることだったので、プロジェクトの進捗管理のため、定期的に現地社員のチームリーダーから状況を聞いて把握して本社に報告するのが、日本から派遣されたプロジェクトマネジメント職の方の仕事でした。

現地のチームリーダーの方は、割と頻繁にチームメンバーとミーティングをして、進め方を打ち合わせたり進捗状況をチェックしていましたが、日本人はそこまでは関与していませんでした。
 
この仕事で私が苦労したのは、ITや通信の専門用語ではありません。もちろん聞いたこともない単語が多かったのは確かですが、幸いIT業界の用語は英語で世界中通用するので、スペイン人技術者が言う英語の単語を、そのまま英語で日本人の技術者に意味もわからないまま伝えても、しっかり通じていました。

またプログラム開発のためのフローチャートなど私は正直ちんぷんかんぷんでしたが、へたに通訳しても混乱するばかりであることに気がついてからは、言葉が通じない技術者通しで筆談してもらい、意外とその方がお互いしっかり意思の疎通ができて、嬉しそうにしていました。(これをフリーや派遣で時間給の報酬をもらいながらやると、この通訳は役立たずだとクレームされることになりかねません。。)
 
苦労したのは、技術的な内容ではなく、感情の通訳でした。

ソフト開発のプロジェクトは3年間で終わる予定で、その為にxx月xx日までにどこまで完了といった詳細なスケジュールやプログラムが日本の本社側でしっかりと組まれていましたが、アバウトなラテン系のスペイン人チームは、そこまできっちりやるつもりはありませんでした。

初年度はおおむねうまくいっており、多少の遅れもリカバリーできる範囲にありましたが、2年目に入ってからは遅れが目立つようになりました。

ただスペイン人の特徴として、杓子定規な考え方をする日本人よりも臨機応変に対処するのが得意なので、遅れをリカバリーするために、最初に決められていたやり方とは違う「効率的なやり方」を発案して軌道修正し、最終的には同じ結果にたどり着きます。

しかし日本人は、あらかじめ決められたやり方から少しでも逸脱すると、もうパニックです。
 
進捗状況を確かめる定期ミーティングでは、日本人のプロジェクトマネジメント職の技術者の顔が次第にこわばり、一体なぜこんなに遅れるんだと問い詰めるような場面が増えてきました。

その非難の言葉は、私がいちいち訳すまでもなくその日本人技術者の顔色をみれば一目瞭然なのですが、日本人技術者は気がおさまらないので、自分が言っていることを正確に全て訳すように私に指示します。

この人はこの人で、自分が言いたいことが100%相手に伝わっていないのだ、というもどかしさを感じていたのでしょう。ですから私は最初、それをそのまま訳していました。但しそれは「私」の考えではなく、あくまでこの日本人技術者の見解だ、ということを強調するために無意識に、「~とこの人は言っている」という訳し方です。
 
スペイン人チームはプライドが高いので、その日本人技術者の批判には我慢ができません。それに日本のように、マニュアル通りに一から十まで、よく言えば手取り足取り、悪く言えばあれこれと干渉されながら物事を進める、というのが大嫌いです。

ですからスペイン人技術者の方も、日本人からすると大げさな身振り手振りで対応策をまくしたてて、私に訳せと迫ります。私はそれも一生懸命そのまま訳していました。

時間給で報酬をもらう優秀な通訳であれば恐らく、双方の言うことを完璧にクールにそのまま訳すかもしれません。それはそれで正解ですし、それが通訳の本来の姿です。双方喧嘩になっても、お互いが言いたかったことを伝えたのですから。それにその通訳をした人たちとは、今後二度と会うこともないでしょう。

しかし企業内通訳の場合は違います。その人たちとは今日も明日もあさっても、ずっと毎日仕事をする仲です。

険悪なままでは、プロジェクトの進捗自体に影響が出かねません。
 
ミーティングが険悪なまま終わってしまうことが何回か続いて、私は通訳の仕方を少し変えてみました。まず人の言っていることを訳すだけの通訳に徹するのを止めて自分がモデレーターとなり、ミーティングの最初にそれまでに仕入れていた話題を持ち出してみました。

例えば、昨晩のサッカーの試合では地元チームが勝ってすごかったよねという話題を出すと、スペイン人側が盛り上がり、日本人側は「なになに?」と興味を示します。もともとお互い喧嘩をするのは嫌だと思っているのは確かですから、何故盛り上がっているのかを疎外感を感じさせないように、日本人に説明してあげると話に乗ってきます。

そこでスペイン人が日本人に、「日本ではどのサッカーチームが強いのか」と聞いてくると、「日本はサッカーよりも野球だよ」とか、そんな話でミーティングの4分の1くらいの時間をつぶします。また、「スペイン人側のチームリーダーの娘さんが明日からフランスに留学するんだって」、という話も持ち出しながら場の雰囲気を和らげ、さらに、「あなた、この前のミーティングで顔真っ赤にしていってたあの件だけどさ」とその場の笑いを誘うようにも仕向けます。

そして、質問の仕方も少し変えたり、別の言葉に直して回答したり、大事なポイントははずさないようにして、「意訳」に徹しました。

正直、その場の状況から判断して、嘘の訳をしたこともあります。ただそれ以降、ミーティングは険悪になることもなく、建設的に進んでいきました。
 
結局3年で終わるはずだったプロジェクトは1年延長となり、日本だったらお客様からクレームも出るのでしょうが、お客様であるスペインの金融機関は3年で終わるとは思っていなかったようで、特にクレームもなく、終わり良ければ全て良しという結果となりました。

感情がからむ場の通訳は困難です。そのまま訳すと、悪気がなくても相手が気を悪くしてしまうこともありますから、双方の文化や考え方をよく理解して言葉を選んでいく必要もあります。そのスキルを身につけるには、語学よりもむしろ文化を理解することの方が大切なのではないでしょうか。

この記事を書いた人

T様

海外在住暦20年のビジネスウーマン。夢だった海外生活のため日本の勤務先を休職し、スペインに単身留学。卒業後、現地の日系グローバル企業に就職し、その後南米に転職。合計4ヶ国での勤務を経て、現在は営業管理職を務める。

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